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奇跡の生還劇「ロスト・ムーン」
2010-03-19 Fri 12:04
 「Lost Moon」といっても知らない人がいると思いますが、これは人類の宇宙開拓史上に残る、「アポロ13号」の奇跡的ともいえる生還劇を綴った小説の原題(和訳は”失われた月”)で、映画好きな人ならすぐに『アポロ13』を思い出すと思います。
この作品は実際のアポロ13号の船長であったジム・ラヴェルがジェフリー・クルーガーと共著で著したもので、これが映画『アポロ13』の原作となったものです。


ジム・ラヴェル/ジェフリー・クルーガー共著の「Lost Moon」
Lost_Moon_02.jpg



アポロ13号の生還ドラマ


アポロ13号は、「アポロ計画」で3回目の月着陸を目標として1970年4月17日にケネディ宇宙センター第39複合発射施設から、米中部時間の13時13分に発射されました。



アポロ13号クルー

船 長:   ジェームズ・A・ラヴェルJr.(James A. Lovell, Jr.)
司令船操縦士:ジョン・L・スワイガート(John L. Swigert)
月着陸船操縦士:フレッド・W・ヘイズJr.(Fred W. Haise, Jr.)


司令船の操縦士には当初、ケン・マッティングリーが予定されていましたが、月着陸船予備操縦士のチャールズ・デュークが風疹にかかったため、風疹にかかったことのないマッティングリーには感染の可能性があったため、スワイガートと交替されました。
ちなみに、映画『アポロ13』では、ケン・マッティングリーがジョン・スワイガートと替わって地上に残ったことで、後ほどアポロ13号の事故発生後、クルーの生還に決定的に重要な役割を果たすことになりますが、実際には少々違っているようですが、それについては追々説明していきます。



アポロ13号クルーとアポロ13号の徽章
Apollo_13__Crew.jpg Ap13-01.jpg






1970年4月11日米中部時間13時13分にアポロ13号宇宙船を搭載した
サターンV型ロケットはケネディ宇宙センターから発射された。
Apollo13-liftoff.jpg

映画「アポロ13」の発射シーン
apollo13_2.jpg

映画「アポロ13」の発射時のアポロ13号司令船内クルー
apollo.jpg


アポロ13号が発射されたケネディ宇宙センター第39複合発射施設
第39複合発射施設




アポロ13号のミッション(任務)と月着陸予定地


アポロ13号の任務は、月の赤道中央やや左下に位置するフラ・マウロ高地から、過去に巨大な隕石が衝突したときに形成されたと推定されている小丘で、隕石衝突時に噴出した地下の溶岩を含む、地質学的にも興味深いサンプルを採集し持ち帰ることでした。(アポロ13号で採集できなかったサンプルは次のアポロ14号で採集されている)


アポロ13号月着陸船の着陸予定地であったフラ・マウロ高地
(下の写真ではアポロ14号着陸点となっている)
Fra Mauro Highlands01


月面図でのフラ・マウロ高地の位置赤矢印
(画像をクリックすると拡大&鮮明な画像を見れます)
Fra_Mauro_Highlands-02.jpg



事故発生


地球出発後2日目(地球から321,860kmの距離点)、月に到着する直前4月13日に機械船の2基ある酸素タンクのうちの一つが酸素タンク撹拌スイッチをONにした時に突然爆発を起こしました。
もう一つの酸素タンクも損傷し、酸素が漏れ始めます。酸素は乗員の生命維持だけでなく宇宙船の制御等に必要な電力を作るためにも使用するためアポロ13号にとって致命的といってよい大事故でした。
はじめは隕石とでも衝突したのかと考えていたアポロ13号の搭乗員たちは、管制センターからの連絡で重大な事態にあることを知らされます。
酸素残量は刻々と下がり、数時間後には機械船の酸素タンクは完全に空になってしまうと考えらました。
もし機械船の酸素がなくなってしまったら、司令船に搭載されている分を使うしかありませんが、司令船の酸素は地球帰還時に機械船を切り離したあと、大気圏再突入の際に使用されるもので約10時間分しかありません。
そのため管制センターは、司令船の機能を完全に停止させ、緊急対策として月着陸船に避難するよう飛行士たちに指示しました。この手順は地上での訓練では何度も行なわれていましたが、まさかそれを実行する時が来るとは誰も思っていませんでした。
後日の調査で判明するのですが、アポロ13号の酸素タンク事故の原因は、”1本のネジを外し忘れた”などと説明されています(Wikipediaなど)が、実際はいくつもの要因が重なったことによって発生したことが明らかにされています(後述)。





無重力状態でのアポロ13号クルー(映画「アポロ13」より)
apollo13_1.jpg

無重力状態でのアポロ13号クルー(映画「アポロ13」より)
apollo13_7.jpg

フライト・ディレクター、ジーン・クランツ役のエド・ハリス(カッコいい役です^^)
apollo13_4.jpg

管制センターでの実際のジーン・クランツ (ご本人もカッコいい♪)
ジーン・クランツ01


映画「アポロ13」でのケン・マッティングリー役のゲイリー・シニーズと...
apollo13_9.jpg

ヒューストンの管制センターでの実際のゲイリー・シニーズ
ケン・マッティングリー

管制センター
Apollo13MissionControl1.jpg


次々と発生する問題


月着陸船は、二人の宇宙飛行士が二日間にわたって月面に滞在するように設計されており、三人の宇宙飛行士が地球へ帰還するために必要な時間― 四日間も生存できるようには設計さられていません。
ただ酸素搭載量については、着陸船は飛行士が月面で活動する際、着陸船から出たり入ったりする度に着陸船内部を真空にしたり、再び船内を酸素で満たしたりする必要があるため十分な量があり、そのほか船外活動用に使用する酸素パックが二個あり、一個で一日分の必要酸素があるため、三人の消費にも十分な量であり心配はありませんでした。
ただし、問題は水と電力でした。司令船と機械船の電力源は燃料電池ですが、着陸船は酸化銀電池を使用していました。
燃料電池は、発電の際の副産物として水が作り出され、この水は飛行士の飲料水として利用されるほか、機器の冷却用にも使用されます。しかし月着陸船の酸化銀電池であるため水は作り出されず、また着陸船の水は二人分、電力は二日分(45時間)しか持たないことが判明しました。したがって、飛行士たちは電力を節電するために暖房を切り、宇宙の冷酷な極寒環境と戦うことを余儀なくされ、また水を飲むことも極力控えなければなりませんでした。
また、飲料水と電力の問題のほかに二酸化炭素の問題がありました。人間は酸素を消費するとともに、二酸化炭酸ガスを出します。二酸化炭酸ガスは誰でも知っているように高い濃度になると人間を死に至らせます。
着陸船は二人の宇宙飛行士用に設計されていたので、三人になれば当然、呼吸ではき出される二酸化炭素量も増えますが、着陸船の二酸化炭素フィルター(水酸化リチウム)装置は二人分にのみ対応できるように設計されていたのです。
つまり、この時点では司令船から月着陸船への乗り換えは、一時的な延命手段にすぎなかったのです。



司令船機械船と着陸船



月着陸船操縦席


NASA緊急体制をしく


アポロ13号の事態は絶望的でしたが、NASAは緊急体制をしき、全力をあげてアポロ13号搭乗員を生還させるべく検討を始めました。
二酸化炭酸ガスの問題を解決するためには、司令船にある二酸化炭素フィルター装置を着陸船にもってきて付ければいいのですが、司令船のフィルターは四角形であり、着陸船の円形とは合いません。
そのため地上の管制官たちは、着陸船内にある材料、ボール紙やビニール袋をガムテープで貼り合わせて四角形フィルターを円形フィルターにアダプタできるカートリッジを製作する方法を必死で考案し、その作り方を飛行士たちに伝え問題を解決しました。


間に合わせのフィルターを、飛行士たちは「メールボックス」と呼んだ。(Wikipediaより)
Apollo_13_LM_Mailbox.jpg


アポロ13号の乗組員を無事に地球に帰還させるには、大気圏再突入の際に司令船が不可欠ですが、その司令船は酸素タンク事故発生後に電力が切れてしまっていました。着陸船の電池は帰還以前に消耗してしまいます。
この問題を解決するために、トラブルエキスパートとして起用されたのが弱冠27歳のエンジニア、ジョン・アーロン(管制官)です。彼は逆転の発想で考えました「どんな条件がそろえば宇宙船は帰還できるのか?」と。
そしてそれをNASAのチームに伝え、電池の寿命を延ばす方法が検討され始めました。
月着陸船の電力を地球に帰還できるまで持たすためには、消費量を12アンペアまで下げることが不可欠でした― これはキッチンで使用するミキサーなみの消費量です。
電力を節約するために、通信装置以外のすべての装置がOFFにされました。ナビゲーターシステム、コンピュータ、空調システム、すべての電源が切られました。
ちなみにジョン・アーロンは管制室の電気・環境・消耗品担当官 (EECOM)で、アポロ12号のトラブル発生時にも適切な指示でミッション中止を回避させています(注:アポロ12号のハイライト参照)。



アポロ13号を地球への帰還コースへ


さまざまな問題を抱えながらも、アポロ13号は当初の予定コースにしたがって月へと向かいつつありましたが、ことここに至ってはミッションを果たすことは誰の目にも明らかでした。
要はいかにして乗組員たちを無事に地球に生還させるか、でした。
月面着陸ミッションが中止となれば、すぐに帰還コースに乗せなければなりません。

この場合、帰還方法としては、

①宇宙船全体を反転させ、機械船のエンジンを噴射して減速・逆方向に再加速して引き返す「直接中止」
②月の裏側を回って自動的に地球に帰還することができる自由帰還軌道を利用する「月周回中止」

などの方法がありました。直接中止には機械船のエンジンが完全な状態で使用できることが必要条件ですが、アポロ13号の場合は酸素タンクの爆発により機械船のエンジンが損傷を受けている可能性が大きいため、この方法による帰還は不可能と判断されました。
一方の月周回中止については、アポロ13号は当初はこの軌道に乗って月を目指していましたが、フラ・マウロ高地へ向かうため打ち上げの翌日に機械船のエンジンを噴射して自由帰還軌道から離脱していたため、そのまま放置すると月の裏側を回って地球の方向には戻りますが、地球を大きく外れてしまう長大な楕円軌道に乗っていました。そのため、事故発生からおよそ5時間半が経過した時点で、宇宙船を自由帰還軌道に戻すために月着陸船の降下用エンジンを噴射する軌道修正が実行されました。その後、電池の消費問題に対応するために、地球帰還所要時間を16時間短縮させる方法がとられました。
しかし、その噴射を行う前にアポロ13号の姿勢を確認する必要がありました。姿勢が正しく帰還コースに向いてないと地球に戻れないのです。管制センターからの指示でラヴェル船長はよく知られている星を航法用望遠鏡で探しましたがあまりにも星が多すぎて失敗。
次の手段として管制センターが指示したのが、太陽を姿勢確認のための目標にすることがうまく行き、アポロ13号はいよいよ月周回軌道に入り、月の裏側から出た1時間後に着陸船の降下用エンジンを噴射して宇宙船を加速するPC+2噴射が実行されました。
(注:PC+2噴射とは、月面探査を終わって地球に帰還する際に近月点通過後2時間経過した時点でエンジンを噴射し、加速して自由帰還軌道に戻るための噴射のこと)


アポロ司令船と月着陸船
アポロ司令船と月着陸船

アポロ司令船の窓の位置
windows.jpg



そして大気圏再突入...


地球目指して正しいコースを飛び続けているはずのアポロ13号でしたが、管制センターは追跡レーダーからの報告で宇宙船がわずかにコースをそれつつあることを知らされます。実は冷却装置から排出されるわずかな水蒸気が長距離を航行する間に目に見えるほどコースを外させたのです。
管制センターからは正しい角度で地球に帰還(大気圏再突入)できるように宇宙船の姿勢修正を指示してきました。 しかし、ナビゲーションシステムはOFFになっているため、目測、手動操作で軌道修正するしかありません。乗組員たちの必死の努力で、ようやく正しいと思える角度に正すことができました。
管制センターからは最適の角度に修正できたことを確認してきました。

アポロ13号が大気圏再突入をするまでにあと一日となりました。
管制センター対策チームのジョン・アーロンは、どうしたら大気圏再突入時に司令船に必要な電力を供給できるかを必死になって検討していました。もう何十回もシュミレーションで試していましたが、どうしても必要な電力量が確保できなかったのです。
しかし、突然、あるアイデアがアーロンの頭に閃きました。正常時には司令船から月着陸船に供給される電力を、逆に着陸船から司令船に供給することを考えついたのです。
シュミレーションもしないまま、それをアポロ13号に伝え、手順にそって実施するとうまくいきました。
こうして全ての問題をクリアし、大気圏再突入に備え機械船を切り離しました。
乗組員たちは、この時に初めて爆発による機械船の損害の大きさを確認し、驚くとともに司令船の断熱材が爆発で損傷してないか心配しました。再突入時に司令船の外部温度は3千度にも達するため、もし断熱材が損傷していればクルーは再突入時に死んでしまいます。しかし、たとえ断熱材が損傷していたとしても何もできない状態でした。


爆発で損傷したアポロ13号の機械船― 地球帰還直前に切り離した時の写真 (Wikipediaより)
Apollo13_-_SM_after_separation.jpg


地球を出発してから6日目(141時間後)、アポロ13号の乗組員は着陸船から司令船に乗り換え、着陸船を切り離しました。
大気圏再突入― これこそが最後の難関なのです。ちなみに、宇宙船の大気圏再突入時の事故は少なからず起こっており、いずれの場合も乗組員は死亡しています。
再突入の条件は非常に厳しく、適切な軌道離脱タイミングと降下角度(再突入回廊)で大気圏に突入する必要があり、タイミングが少しずれると着陸地点を大幅に外れるし、角度が浅いと大気に弾かれ、深いと速度が上がりすぎ空力加熱によって機体が破壊されるおそれがあるのです。

アポロ司令船内部(アポロ11号のもの)
アポロ11号司令船内部


着陸船アクエリアス― 地球に帰還する直前まで、救命ボートとして使用された (Wikipediaより)
Apollo_13_Lunar_Module.jpg



再突入時の飛行速度は超高速(アポロ宇宙船の場合は時速4万キロに達する)になるため、大気との空力加熱によって機体表面温度は3000度以上となり、周りの希薄空気がプラズマ状態となるため、通信も不可能となります。
また、断熱材が損傷している恐れのほかにもパラシュートがトラブルで開かないことも考えられます。
とにかく、大気圏再突入時に通信が途絶える3分間が生死を分けることになるのです。
3分間の沈黙が過ぎて、管制センターからの数度におよぶ呼びかけにもかかわらず、アポロ13号乗組員から返事がなく、管制センター側では最悪の事態が起こったのかと悲観的な空気がただよい始めた時、雲間からパラシュートに吊り下げられたアポロ13号は姿を現しました。
こうしてアポロ13号の帰還劇はラッキーな幕を下ろしました。

アポロ13号の3人の宇宙飛行士は絶体絶命で、誰が見ても死ぬことが確実だと考えられたものを、NASAが総力をあげて救出したという、まさしく奇跡に近い生還劇だったと言えるでしょう。

アポロ13号は無事太平洋上に着水した
アポロ13号回収

回収空母イオージマに無事収容されたアポロ13号クルー
apollo13crewlg.jpg




主任飛行管制官のジーン・クランツ。くつろいで葉巻を吸っているところから、アポロ13号無事生還後のワンショットと思われます。
ジーン・クランツ





アポロ13号の事故原因

goo Wikipedia記事検索より引用

事故原因の分析には予想外に時間がかかったが、製造記録の詳細な追跡により、タンクの爆発はいくつもの要因が重なったことによって発生したことが明らかにされた。
そもそも液体酸素や液体水素のような極低温物質を貯蔵するには、気化によって発生する過大な圧力を避けるための排気系統や、熱的絶縁方法を確立することが重要になってくる。機械船のタンクの性能は極めて高く、極低温の液体酸素や液体水素を何年にもわたって保存することができるのだが、タンク内に内容物がある状態のときには、内部を見ることは構造上不可能であった。

事故に関係した部品および要因は、以下のとおりである。

◎残量計

◎残量を正確に計測するための、攪拌用ファン

◎液体酸素を必要分だけ蒸発させるための加熱器(ヒーター)

◎加熱器を制御するための温度維持装置(サーモスタット)

◎温度計

◎充填および排出用のバルブとパイプ


元々機械船の酸素タンクのヒヒーターとサーモスタットの規格は、司令船の28ボルトに合わせて設計されていた。ところが発射台上でタンクの充填と加圧の作業を行なう際には、65ボルトの電源が使用されていた。このため機械船の製作元のノース・アメリカン社は下請け企業のビーチクラフト社に対し、ヒーターを65ボルトの規格に合わせるよう指示し、ビーチクラフトはそれに従ってタンクを改造したのだが、この時(原因は不明だが)サーモスタットだけには何も変更が加えられなかった。


また酸素タンクの温度計の表示の上限は38℃で、これ以上は表示されないようになっていた。しかし通常は、27℃にまで達すれば自動的にサーモスタットが作動してヒーターが停止されるため、特に問題になるものではなかった。


今回13号に使用された酸素タンクおよびその付属機器一式を搭載した棚は、本来はアポロ10号で使用されるはずのものだったが、電磁波干渉(ノイズ)の問題が発生したために、付属機器ごと取り外され修理されることになった。ところがクレーンでつり上げる際、棚を機体に取りつけている4本のボルトのうちの1本が外されていなかった。このため、2インチ(5cm)ほど持ち上げたところでワイヤーが外れ、棚は元あった場所に落ちてしまった。このときの衝撃により、タンク内の酸素を抜き取る時に使用されるパイプが、本来の取りつけ位置から外れてしまったのである。

この事故の後、地上での訓練をする際、タンクに液体酸素が充填された。ところが訓練終了後、先の事故で放出用のパイプが外れてしまったために、中の酸素が抜き取れなくなってしまった。今からタンク一式を取り替えるとなると、計画は大幅に遅れてしまう。そのため担当技術者は、ヒーターで液体酸素を加熱し、気化させて放出することを提案し、ラヴェル船長もこれを承認した。 ヒーターのスイッチが入れられ、タンク内の温度が上昇し27℃に達した瞬間、サーモスタットが作動した。 ところが回路に流れていた65ボルト電源にて発生した電流が、28ボルト用に設計されていたサーモスタットを一瞬にして溶着させてしまい、この結果ヒーターのスイッチはONのままになってしまった。

8時間後、液体酸素はすべて気化して抜き取られたが、ヒーターのスイッチはONのままになっていた。そのため最終的にタンク内の温度は538℃にも達したのだが、温度計は38℃までしか表示されないようになっていたため、異常に気づく者は誰もいなかった。

これにより攪拌用ファンの電線を覆うテフロン製の被膜がほぼ焼失し、電線がむき出しになった。
タンク内に液体酸素が再充填された時、それはもはや爆弾のような状態になっていた。飛行士が低温攪拌の操作をするためにファンのスイッチを入れたとき、むき出しになっていた電線から火花が飛び、燃え残っていたテフロンが発火した。 100%純粋な液体酸素の中で発生した炎は、300ポンド(136kg)の液体酸素を一瞬のうちに気化させ、膨張したガスがタンクを吹き飛ばした。

この爆発により正常な第1タンクも損傷を負い、使い物にならなくなった。この事故を教訓として、後の飛行では二つのタンクの距離を十分に離し、さらに非常用の電源を別の区画に設置する改良が加えられた。



アポロ13号に関する興味深いエピソード


●NASAは科学時代に13のジンクスなどナンセンスだと、わざと13が連続する13時13分にアポロ13号を発射させましたが、アポロ13号の失敗に懲りてか以後、二度と13という番号を使わなくなりました。


●映画「アポロ13」でも生還に大きな貢献をしたケン・マッティングリー(司令船へ電力を供給する検討の際、一連の再起動手順の確認を実際にマッティングリーがシミュレータを用いて行った)は、後にアポロ16号とスペース・シャトルSTS-4、STS-51-Cで飛行し、海軍少将まで昇進した後、NASAおよび海軍から退役している。
Ken Mattingly


●アポロ13号船長のラヴェルは、映画「アポロ13」に着水した司令船の回収にあたった艦船イオー・ジマの艦長役で登場している。


●『アポロ13号奇跡の生還』という興味深い実録ドキュメンタリー動画もあります。【ニコニコ動画】アポロ13号 奇跡の生還 ドキュメンタリー(1/12)




これはナショナルジオグラフィックの「アポロ13号」特集番組の動画です。24分と少々長めですが、当時の記録映像をふんだんに使ったものでかなり見ごたえがあります(邪魔なコメントがテロップ式に画面上を流れるので、映像時間を示すバーの右端にある「コメント表示」を不表示にして観てください)


【ニコニコ動画】アポロ13- 1/2


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