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日本語のルーツ part 1
2009-11-27 Fri 23:11
By Loby

誰でも子供の頃、「ねえママ、ボクはどこから生まれたの?」とか
夜空の星や月を見て、ウサギさんといっしょに餅つきをしている自分を想像したり、星の世界はどんなだろうと夢見たりしたと思います。

同じように、“私たちが使っている日本語って素晴らしい言語だと思うけど、いったいどこで生まれたのだろう?”と思った方も少なくないと思います。
好奇心の強いLobyもかなり以前からそのような疑問を持っていましたが、忙しさにかまけ、なかなか適当な本を探す時間もないまま過ごしてきました。
あるとき(2年ほど前)、雑誌で新刊批評を読んでいて『日本語はどこから来たのか』(大野 晋
中公文庫)が紹介されているのを見て早速買い求めました。


いにしえより日本人は自然、季節、愛、別れ、などを歌にして万葉集などにとどめてきた
yuuhi


 
著者の大野 晋氏(1919年-2008年)は、国語学者、文学博士であり、学習院大学名誉教授。古代日本語の音韻、表記、語彙、文法、日本語の起源、日本人の思考様式など幅広い業績を残した方です。

国語学者 大野晋氏  と 同氏の著「日本語はどこからきたのか」
大野 晋  日本語はどこから来たか
 


もう読まれた方もいるかも知れませんが、たいへん興味深い内容なので私なりのコメント(大野先生に恐れ多いですけど)を加えながら紹介したいと思います。
誰でも知っているように、日本語の文字の大半は漢字からなっています。ちなみに、国語辞典には約6万語の言葉が収められていいますが、そのうちの半分、3万語が漢字だけで書かれている言葉であり、「学校」「図書館」「書類」「学問」「建築」などという単語は漢字を組み合わせて作られたものです。
これほど漢字は日本語という言語の中で重要な位置を占めているにも関わらず、日本語そのものは中国から来たものではないのです。それは、漢字の輸入によって日本語の表現法は豊かになったけど、日本語の基本である文法は漢字導入以前から現在までほとんど変わることなく続いているというのです。

漢字が中国から日本に伝わったのは538年(4世紀半ば)と言われており、仏典や儒教などの教えとともに伝わり、それまで文字をもたなかった日本人は早速、漢字を取り入れ使用し始めました。
しかし、日本にはすでに“日本語”があったため、漢字を当て字として使う方法も“当て字”がほとんど。ちなみに漢字の本国である中国の漢字の読み方(発音)は日本で読まれている(発音)とまったく違うことは周知の事実です。だから、昔(中国の漢字簡略化が実施される以前)は、日本人と中国人の間で漢字を書くことによりコミュニケーションができたそうです。

話を文法にもどすと、日本語と中国語の文法は次のような差があります。


日本語と中国語の文法の違い

語順: 日本語は「主語-目的語-動詞」の順番で表現する。
     例えば、「私は王さんを愛しています。」となる。
     中国語は「主語-動詞-目的語」の順番で表現。
     例えば、「我愛王。」となる。

時制:日本語の動詞・形容詞は時制によって明確に使い分ける。
   「今日」を使うなら、「今日は勉強します。」「今日は寒いです。」と言い、
   「昨日」を使うなら、「昨日勉強しました。」「昨日は寒かったです。」と過去形を使う。
   中国語では、形容詞の場合、過去であろうとなかろうと、完了を表す助詞「了」はつけ
   ない。 もし付けた場合、それは状態の変化を表す別の用法になってしまう。
   例えば、「今天很冷」は、「今日は寒いです。」の意味で、「今天冷了」は
   「今日は寒くなりました」の意味となる。

介詞:中国語には英語の前置詞にあたる「介詞」という品詞がある。
   日本語の助詞とよく似た働きをしるが、日本語とは違い、名詞の前に置く。
   例えば、「私は食堂で友達とご飯を食べます。」は「我在食堂吃饭」となる。

補語:中国語には補語と呼ばれる動詞や形容詞に意味を添える働きをする品詞がある。
   この補語には形式的に似た形のものが少なくなく、また、日本語と単語を一体一で
   対応させて翻訳をしようとするときに無理な翻訳になってしまうことが多く、
   習得には困難を伴う。
   例えば、日本語で「食べられない」一言で片付ける文は中国語では使い分けて言わなけ
   ればならない。

無主語文:中国語には主語が存在しない文がある。
    「教室に学生がいます。」という文は、「(在)教室里有学生。」と言える。
    この文の理解は単語を一対一で対応させても意味がわかりやすい。
    しかし、「没有人告诉我今天有考试。」を上記の訳にそって訳すと「人がいません。
    今日試験があると言いました。」のような訳の分からないものになってしまう。
    「有」を含む文は特殊な文法構造を持つ。実際には「今日試験があることをだれも
    教えてくれなかった。」と訳せる。   

以上、は中国語ピンインマスターへの道より引用させていただきましたが(中国語に関心のある方はこのサイトを見てください。かなり詳しく説明しています)、これだけ顕著な文法の差があれば日本語と中国語はまったく違ったオリジン(源)をもつことは明らかですね。
ちなみに上述サイトの管理人は、”(中国語と日本語の差は)数え上げていけば、文法上の違いはたくさんありますが、それでも、日本語の文法の複雑さに比べれば、かわいいものです。その分、日本語は発音が簡単で、外国人がほんの数週間勉強するだけで、発音だけなら、日本人とそう変わらない話し方ができるようになるのは羨ましくもあり、妬ましく感じるものです。”と述べており、”日本語は発音は意外と簡単だけど文法はかなり複雑”だと言っています。 道理で日本人は英語や中国語を覚えにくいわけですね。


日本語の文字というものを歴史をさかのぼって見て行くと、8世紀の『古事記』とか『万葉集』にたどり着く。 これらの古書は日本語を中国渡来の漢字で書かれたものである。


       万葉集                     古事記を注釈した本居宣長
  万葉集        本居宣長 画像


     本居宣長の古事記伝(註釈書)
本居宣長の古事記伝(註釈書)




言語の親戚関係

大野先生は、日本語のルーツを探す上で重要なのは日本語の親戚語を最初に見つけ、それから共通の祖先語を探すことだとおっしゃっています。
そのたとえとして、日本語で言う「名前」、地方によっては「なめえ」と発音するそうですが、ドイツ語では「Name」ナーメと言う。また日本語の「綿(わた)」はドイツ語では「Watte(ワッテ)」と言い意味も発音も非常に似ている。また英語の「So」も日本語の「そう」と似ている。
しかし、だからと言って英語と日本語が親戚語ではないのと同じようにドイツ語と日本語は親戚語ではないわけです。 このようにいくつかの種族の単語で日本語と非常に似ているものがありますけど、このように偶然似ている、または外来語として入ってきて日本語になった単語というものは少なからずあるけど、言語によって二千から三千ある基礎語間の対応比較、とくに音の比較が不可欠なのです。

言語の音の研究に関して、大野先生は「誰でも”昔話されていた音は分からない”と思っているだろうが、意外と分かるものだ」と述べて、たとえば室町時代(1338年-1573年)に日本に宣教に来ていたポルトガル人の神父たちが残した「日葡辞書」(注:すべてポルトガル語で記述された辞書で、約3万2千語を収録。原書名はVocabvlario da Lingoa de Iapam com Adeclara��o em Portuguesで、「ポルトガル語で説明を付けた日本の言語の辞典」を意味する)を上げ、なんと日本語をローマ字で書いた『平家物語』も作ったそうです!

Wikipedia
には、「日葡辞書」からは、室町時代~安土桃山時代における日本語の音韻体系、個々の語の発音・意味内容・用法、当時の動植物名、当時よく使用された語句、当時の生活風俗などを知ることができ、第一級の歴史的・文化的・言語学的資料である。

例えば、

* 「は」「ひ」「へ」「ほ」は「ファ」「フィ」「フェ」「フォ」のような両唇音で、「せ」「ぜ」は「シェ」「ジェ」のような後部歯茎音で発音されていたこと。
* オ段の長音が � と � で書き分けられており、開音[ɔː]と合音[oː]が区別されていたこと。
* 「日本」の読みには、「にほん」(「ニフォン」と発音した)・「にっぽん」・「じっぽん」の三通りあったこと。
* 京都は「かみ」(上)、九州は「しも」(下)と呼ばれていたこと。
* 「侍」は貴人を、「武士」は軍人をそれぞれ意味しており区別されていたこと。
* 進退は「しんだい」、人数は「にんじゅ」、因縁は「いんえん」、抜群は「ばっくん」と読んでいたこと。
* 「ろりろり」とは、恐ろしくて落ち着かない様を表す語だったこと。
* 当時すでに湯豆腐という食品が食べられていたこと(ただし、薄い豆腐でかけ汁を添えると説明されており、朧豆腐のようなものか)。

など、製作者らが日常接していた当時の日本人の用語、発音等が日葡辞書により判る。


と、大野先生のご指摘の通りに室町時代の昔に「にふぉん(日本)」で使われていた発音がわかるのです! また、先にあげた『万葉集』の時代(8世紀)に使われていた発音も、それに使われた漢字の読み方を調べれば分かるのだそうです。

たとえば  ハ=波 ヒ=比 フ=布 ヘ=弊 ホ=保
ですが、波 比 布 弊 保 の発音は当時(7~8世紀)の中国ではくちびるを使う P の音で発音されていたことが記録で分かっているそうです。

日本の近隣国の言語との比較

しかし、冒頭で中国語は日本語のルーツではないと説明しました。 では、中国語ではないなら、何語がルーツなのか?
日本の中では北のアイヌ語、日本海をへだてれば朝鮮半島には朝鮮語、さらに北には中国語があり(中国語は前述の理由から外すとして)、モンゴル(蒙古)語があり、さらにトルコ語があります。
また南には沖縄(琉球)の先に台湾があり、先住民である高砂族は独特の言葉(注:オーストロネシア語族のインドネシア語派)があります。

アイヌ語
アイヌは周知のように固有の文字というものを持ちませんが、東北地方最北部や北海道にはアイヌ語源の地名が多く残っているのはよく知られていることです。 これらの地名は日本語では意味が理解できないがアイヌ語では理解できます。 アイヌ語の地名語には「川」を意味する「ナイ」と「ベツ」があり、

北海道: 稚内(ワッカナイ)、歌志内(ウタシナイ)、真駒内(マコマナイ)、宇土内(ウトナイ)等
青森県: 笹内(ササナイ)、目内(メナイ)、与毛内(ヨモナイ)、佐比内(サヒナイ)等
秋田県: 田子内(タコナイ)、小保内(オホナイ)、米内(ヨナイ)等
岩手県: 沼宮内(ヌマクナイ)、原子内(ハラコナイ)、毛馬内(ケマナイ)等

北海道: 茂別(モベツ)、紋別(モンベツ)、幌別(ホロベツ)、登別(ノボリベツ)等
青森県/秋田県/岩手県: 今別(イマベツ)、野辺地(ノベチ)、苫米地(トマベチ)、馬別(マベチ)等

と数百以上の「ナイ」と「ベツ」が付く地名がありますが、地名にアイヌ語があるということと日本語の関係はまったく別で、「音の対応」から比較すれば一致するところがないそうです。 また文法的にも根本的なところで違っているそうです (著名なアイヌ語研究家、言語学者である金田一京助先生による指摘)。

朝鮮語
朝鮮には地理的にはもっとも日本に近い外国であり、古来より幾多の文化が朝鮮半島を介して日本に入って来たことは周知の事実です。
朝鮮語の特徴は、中国北東部、モンゴル、さらにトルコなどを含めた、いわゆるアルタイ言語圏に属するもので同じような特徴をもっているそうです。(注:朝鮮語がアルタイ語に属するという十分な証明はされてない)

ここで英語、ドイツ語と比較したアルタイ語+朝鮮語+日本語(以下、ア・朝・日語とする)の文法的な構造に関する共通点を下記すると、

英語は名詞や代名詞で必ず複数か単数かを区別するが、ア・朝・日語では区別しない。
英語には冠詞があり、名詞の前におくがア・朝・日語にはない。
ドイツ語では、太陽は女性、月は男性、机は男性、窓は中性、女性は中性、愛は女性と名詞に文法的な性があるがア・朝・日語にはない。
英語には比較級、最上級という特別の形があるがア・朝・日語にはない。
ア・朝・日語では動詞の基本形はそのまま名詞、あるいは命令形で使われる。
英語などでよく使われる関係代名詞はア・朝・日語にはない。
ア・朝・日語では「高い山」「はやく走る」のように形容詞や副詞は名詞や動詞の前にある。また、「本を読む」のように目的語は動詞の前である。
ア・朝・日語も Rや L で始まる単語はない。
日本語では疑問文は文の終わりに「か」のような疑問の助詞をつける。ア・朝語も同じ。

これほどア・朝・日語の三言語は文法的には類似点が多いのですが、それぞれの言語の単語の「音の対応」となると皆無に近く、助詞や助動詞も音の面で対応する例がほとんど見つかってないそうです。
したがって、ア・朝・日語の三言語が共通の祖先語をもっているかも知れないという仮設は一応考えてもいいが確たる証拠(音の対応)が不足しているというのです。

日本語と朝鮮語の比較

このように日本語と朝鮮語は文法的に多くの類似点をもっています。
そこで今度は視点を変えて単語の面から比較をしてみます。 この二言語間の単語比較は明治時代にW・G・アストン(英国外交官、日本研究家)、ついで白鳥庫吉(1865年 - 1942年 東洋史学者、文学博士)によって研究され、昭和時代に金沢庄三郎(1872年 - 1967年 言語学者、国語学)に引き継がれた。 しかしながら、朝鮮語、ならび中国語を長らく研究した河野六郎(1912年 - 1998年 言語学者)が「もし二つの言語(日本語と朝鮮語)が同系の関係にあるなら、単語がぞくぞく対応するはずだ。しかし、そうはいかないから朝鮮語と日本語の関係は遠いのだ」と指摘したように、この二つの言語の関係はちょっと見た目では似ているけど、われわれの想像以上に離れているのです。

また、日本語の源流研究に一生をかけ、モンゴル語を50年間も研究された 江 実(ごう・みのる 1904‐1989 言語学者)は「モンゴル語から日本語に対応する単語は出ない」と述べておられることからモンゴル語も日本語の祖先ではないようです。



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この記事のコメント
むずカシス←モッズパンツさんのマネ(>_<)
でも、興味深い~
私も以前から、沖縄とインドネシア語の共通点について、いつか書いてみたいと思っていたのですが、
Lobyさんに先越されました。
私ってのろまじゃけぇのぉ~(>_<)
しかも、Lobyさんの専門的なものに対して
私のは書く前から・・・・・・・・ばかじゃねぇの的なものに
なりそうな予感がひしひし。。。。。
2009-11-28 Sat 22:58 | URL | おりおん #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
大野先生の説は、やはり専門的すぎて少々紹介しにくいところがありますので、やはり本書を購入して読んで頂くのがベストと思います (゜ー゜)(。_。)ウンウン
で、続編はおりおんさまにお任せいたしましょうかねv-218
2009-11-29 Sun 04:54 | URL | Loby #2xh5UkL6[ 内容変更] | ∧top | under∨
私の知識は「韓国語(朝鮮語)と日本語は言葉の並び順が同じである」
と言うくらいの貧しいものです。
一方でインドネシア語と沖縄の言葉に共通点があるとも聞いていました。
日本人のルーツを探すと南方系と北方系があるらしいですし、
弥生時代以降では混血し、弥生人の勢力が拡大していったようですから、
この関連性も見逃せない要素かも知れませんね。
次回が楽しみです。
2009-11-29 Sun 10:21 | URL | 青い鳥 #atVeKlEY[ 内容変更] | ∧top | under∨
トテーモ専門的でムズカシスw (´・ω・`)
Lobyさんは文学を専攻されていらっしゃったのでしょうか。マニアを通り過ぎて非常に専門性のある記事ですね。w
言葉がどこから来たということと、民族的なルーツや支配の歴史なんかが密接に関係していそうですね。面白いですねー。勉強になります。w
よく分かりませんが、民族的に大きく分けると、アイヌと沖縄は縄文人で、大和を中心とする本州は弥生人という感じがしますが、確かに沖縄の人たちは民族的に台湾はもちろん東南アジアの血もかなり混ざっているような気がしますね。そういえば、沖縄やミクロネシアなど海洋民族が住む太平洋地域は、元々身体に墨を入れる習慣等共通点があり、ムー大陸の話が注目された時にも、話題になっておりましたね。w (´∀`)ノ

(^ー^)ノシ
2009-11-29 Sun 23:17 | URL | モッズパンツ #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
青い鳥さん、ご訪問ありがとうございます!
常連さん以外では初めてのコメントなのでウレシイです^^
日本語のルーツって面白いですね。
言語って日本語だけでなく、欧州あたりの言語のルーツも面白いんですけど (゜ー゜)(。_。)ウンウン
2009-11-29 Sun 23:44 | URL | Loby #2xh5UkL6[ 内容変更] | ∧top | under∨
モッズパンツさん、言葉と民族のルーツってたいへん興味深いものですね^^
こういう本や資料など読むの好きです(゜ー゜)(。_。)ウンウン
太古の昔の民族大移動とか、ネアンデルタール人とホモサピエンスの棲み分けとか... わくわくします o(^-^)o ワクワクッ
2009-11-30 Mon 00:13 | URL | Loby #2xh5UkL6[ 内容変更] | ∧top | under∨
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