SFファンのブログですが、宇宙、歴史、人物などもとりあげています…
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トロイアの世界-ギリシア神話の世界とトロイア戦争
2013-07-08 Mon 06:31
 『トロイ』と言えば、ブラッド・ピット主演の作品が有名ですが、同じタイトルの映画作品だが、キャストがまったく違う- ストリーもかなり違う- を最近、動画配給サイトで見ました。

はじめは、1955年の『トロイのヘレン』(Helen of Troy)かと思ったけど、ストリーが少々違うし、第一、エレン役の女優がどうも違う気がする…
あらためて調べた結果、これは2003年に米国で制作されたTVドラマシリーズの映画化だと分かりました。ブラッド・ピットの『トロイ』が2004年制作だから、1年ほど早いことになります。

トロイザウオーズ



ちなみに、このTVドラマベースの作品は日本では『トロイ ザ・ウォーズ』と呼ばれているようです。原題は『Helen of Troy』で1955年作のと同じなのだから、同名にすればいいのに、何ともサーチしにくいタイトルとなっています。

『トロイ ザ・ウォーズ』では、ストリーはトロイの王子パリス(マシュー・マースデン)とヘレン(シエンナ・ギロリー)を軸に展開しますが、ギリシア神話もふんだんに取り入れたどう作品は、ピット(があまりにも目立ちすぎる?)の『トロイ』とは一味違った面白さがあります。

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略史-ブラジル日本移民 (後編)
2013-04-14 Sun 23:18
(前編はこちらから)


ブラジル文化への適応と第二次世界大戦

 この時期、日本人植民地はサンパウロ州のノロエステ(北西部)方面に次々と建設されていった。また各地の植民地には移民子弟の教育を目的とした、初等学校が建設され始めた。(注:帰国に備え、主として日本語教育に力をいれた。)1918年には日系で初めての小学校教師が誕生した。隈部姉妹で、リオ・デ・ジャネイロの師範学校卒だった。また1923年には日系で最初の歯科大学卒の歯科医が誕生した。しかしながら、この東洋のエキゾチックな移民たちの増加は、ブラジルの社会に新しい問題の渦をもたらすことになる。


サンパウロ州奥地に伸びるノロエステ線沿いに
次々に日本人植民地が誕生した
noroeste.gif



一方、日本語刊行物は、1916年の「南米」の創刊に始まり、日本人移民の増加にしたがって、次々と新しい新聞や雑誌が刊行されていった。1910年代から1930年代にかけて発行された新聞は、「ブラジル時報」、「日伯新聞」、「聖州新報」、「アリアンサ時報」などの5紙があり、雑誌では、「農業のブラジル」、「波紋」、「ポプラール」、「カナ・ブラジル」、「青空」、「郷友」、「若人」、「力行の叫び」、など15誌がある。
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略史-ブラジル日本移民
2012-08-24 Fri 05:25
ブラジル日本移民の歴史は1908年6月18日、最初のブラジル移民船、笠戸丸がサントス港に到着した時に始まった。 笠戸丸は神戸港から出航、52日間の航海の後サントス港に到着したのは781名の農業契約移民と12名の自由移民たちであった。彼らは希望と成功の夢を胸に抱いて、言語、習慣、気候のまったく違う国に着いたのだった。


kasatomaru.gif
サントス港停泊中の笠戸丸



移民前史

日本は1908年に最初の移民をブラジルへ送りこんだが、最初にブラジルの土地を踏んだ日本人は彼らではなく、1773年に日本沿岸で暴風雨のため遭難し、長い漂流のあとロシア領のアリューシャン列島アンドレヤノフ諸島の小島にたどり着き、島民に助けられた若宮丸乗組員の生存者たちだった。若宮丸の乗組員たちはイルクーツクで8年間すごしたあと首都ペテルスブルゴに連れて行かれ皇帝アレクサンドル一世に謁見した。 若宮丸生存者のうち4人は皇帝の計らいで日本へ送還されることになり軍艦2隻で出航した。ロシア軍艦は航海途中で暴風に遭遇、一隻が破損したため1803年の12月20日にブラジルのデステーロ港(現在のサンタ・カタリーナ州フロリアノポリス市)に修理のため寄航し翌年の2月4日まで滞在した。この4人の日本人は当時のブラジル人の生活や農業などの貴重な記録を残している(注:環海異聞)。また、若宮丸の乗組員の後にも1867年の開陽丸のリオ寄港等、幾人かの日本人が笠戸丸移民の前にブラジルを訪れている。
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知られざる南米解放の歴史―独立の影の立役者
2011-03-11 Fri 10:36
南米(南アメリカ)の地図を見ると、

一見、アフリカ大陸の地図のようにゴチャゴチャと十数ヵ国があるのが分かります。

s_america1.jpg



ここでちょっと南米を構成する国々とそれぞれの国で使われている公用語を見てみると


  国名                公用語  
アルゼンチン (Argentina) スペイン語
ウルグアイ (Uruguay)    スペイン語
エクアドル (Ecuador)     スペイン語
ガイアナ (Guyana)       スペイン語
コロンビア (Colombia)   スペイン語
チリ (Chile)          スペイン語
パラグアイ (Paraguay)   スペイン語
ペルー (Peru)         スペイン語
ベネズエラ (Venezuela)  スペイン語
ボリビア (Bolivia)      スペイン語
スリナム (Surinam)     オランダ語
ブラジル (Brasil)      ポルトガル語



上記リストを見て一目瞭然なように、スペイン語を公用語としている国が11ヵ国もあるのに対して、ポルトガル語を公用語としている国はたった一国、ブラジルだけしかありません。

注)オランダ語を公用語とするスリナムやフランス語が公用語のフランス領ギアナ(Guyane française)なども存在しますが、それぞれの言語を使用する住民数は南アフリカ全体の住民数から比較して極めて少ないので今回のテーマーからは除きます。

gengoken.jpg


このように、南アメリカ大陸に圧倒的にスペイン語を公用語とする国が多いのは、その昔、スペインがコンキスタドール(スペイン語で「征服者」の意味)を数多く送り込んだから、スペイン語の国が多いんだな”と思われた方は残念ながら間違っています。
それを説明するためには、なぜ南アメリカ大陸の半分を占めるブラジル一国だけがポルトガル語なのか、という話から始めなければなりません。

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